nikedunklow初復刻

クラシックなシューズがレトロな雰囲気を携え、初の復刻として帰ってきた。
1980年代後半に発売され"Be True To Your School."のキャンペーンで一世を風靡したカレッジシリーズから、
当時を彷彿とさせるダンク生誕35周年記念のリミテッドエディションが登場。
ニューヨーク州シラキュースにキャンパスを構える
シラキュース大学のバスケットボール部"Orange"が1980年代後半に採用したホワイト/オレンジ。
そしてケンタッキー州レキシントンにキャンパスを構える
ケンタッキー大学のバスケットボール部"Wild Cats"が1980年代後半に採用したホワイト/ロイヤルブルー。
それぞれをオマージュしたカラーでローカットとして復刻する。

今回、UNDEFEATEDのメインラインアパレルとNIKE DUNK LOW SPを着こなしたのはプロフェッショナルバスケットボールプレーヤーでありB.Leagueチームに所属する長谷川智也選手と、
幼少期よりモデル・タレントとして活動する歌手でありアーティストのステファニー
飛躍する2人による新鮮な着こなしを、
スペシャルムービーとフィルムによるオフショットでご覧ください。

UNDEFEATEDでは、NIKE DUNK LOW SP 復刻をセレブレートすべく、
フックアップしたオリジナルTEEを発売中。

クラシックなシューズがレトロな雰囲気を携え、初の復刻として帰ってきた。1980年代後半に発売され"Be True To Your School."のキャンペーンで一世を風靡したカレッジシリーズから、当時を彷彿とさせるダンク生誕35周年記念のリミテッドエディションが登場。ニューヨーク州シラキュースにキャンパスを構えるシラキュース大学のバスケットボール部"Orange"が1980年代後半に採用したホワイト/オレンジ。そしてケンタッキー州レキシントンにキャンパスを構えるケンタッキー大学のバスケットボール部"Wild Cats"が1980年代後半に採用したホワイト/ロイヤルブルー。それぞれをオマージュしたカラーでローカットとして復刻する。

今回、UNDEFEATEDのメインラインアパレルとNIKE DUNK LOW SPを着こなしたのはプロフェッショナルバスケットボールプレーヤーでありB.Leagueチームに所属する長谷川智也選手と、幼少期よりモデル・タレントとして活動する歌手でありアーティストのステファニー。飛躍する2人による新鮮な着こなしを、スペシャルムービーとフィルムによるオフショットでご覧ください。UNDEFEATEDでは、NIKE DUNK LOW SP 復刻をセレブレートすべく、フックアップしたオリジナルTEEを発売中。

今を遡ること35年前、NCAA(全米大学体育協会)のバスケットボールリーグに加盟する名門校のスクールカラーに彩られ登場したナイキダンク。オリジナル発売の1985年と言えば、エアフォースからエアシップを経てエアジョーダンがようやくNIKE AIR初搭載のシグネチャーモデルとしてデビューを果たし、その他多くのバスケットボールシューズは未だエアクッショニングシステム非搭載という牧歌的な時代だった。その中でもダンクはアンクルスタビライザーやフレックスノッチシステムなど先進的なディテールを凝縮したパフォーマンスモデルとして、何より選手の愛校心を掻き立てるスクールカラーの配色が圧倒的な存在感を発揮していた。

オリジナルとして展開されたダンク7型とそれぞれの該当校は下記の通り。

ホワイト/レッド(セント・ジョンズ、ノースカロライナ州立、メリーランド・カレッジパーク校、ジョージア大学)
ホワイト/ネイビー(アリゾナ大学、ビラノバ大学)
ホワイト/ブルー(ケンタッキー大学)
ホワイト/オレンジ(シラキュース大学)
グレー/レッド(ネバダ大学ラスベガス校)
ゴールド/ネイビー(ミシガン大学)
ブラック/ゴールド(アイオワ、パーデュー大学)

当時のプロモーションでは、ダンクと共に84年発売のターミネイターのグレー/ネイビー(ジョージタウン大学)を加えた計8型で、スクールカラーに忠誠を誓う”BE TRUE TO YOUR SCHOOL”キャンペーンを展開。NBAの登竜門であるカレッジリーグへの関心の高さを物語るダンクとターミネイターの存在だが、ナイキではカレッジリーグにフォーカスしたバスケットボールシューズをその前後から継続的にリリースし、ビッグナイキ、チームコンベンション、チームデルタフォースといった名機を後世に残したのである。

fig.01 Be True To Your School. (1985) そもそもホワイトベースのバスケットシューズが主流だった80年代半ばのマーケットに、これらスクールカラーのダンクやターミネイターが及ぼしたインパクトは絶大で、コートの内外で大いに注目を集めたのは間違いない。だが、果たして話題性がセールスに直結していたか否かは別問題だ。と言うのも、マーケットでは余剰在庫の割引セールが繰り広げられ、シューズの消耗の激しいスケートボーダーが派手なカラーのバスケットボールシューズを愛用したという逸話まで伝えられている。ただし、このダンクとスケートボードコミュニティの偶発的な繋がりがのちに巨大なムーブメントを巻き起こすことになるのだが……。

一方、NCAAのカレッジリーグとは縁遠い日本のマーケットにおいても、90年代には古着ファンを中心にエアジョーダンやダンクといった廃盤のバスケットボールシューズが人気を集め、秘かに争奪戦が始まっていた。とりわけ未使用のデッドストックは軒並み市場価値が高騰。アメリカ大陸を奔走する日本人バイヤーによってデッドストックは漁り尽くされ、もはや一部のヴィンテージコレクターの間で嗜好品として取り引きされるのみという枯渇状態に陥った。もはや高嶺の花となったダンクについては、当時のストリートファッション誌『Boon』で復刻して欲しいスニーカーランキングを集計すると、常に上位を独占し、ヴィンテージスニーカーの代名詞的な存在にまで祭り上げられていた。
同様にヴィンテージファンに崇拝されたエアジョーダン1が1994年に復刻されたのに対し、ダンクには一向にその気配がないまま90年代も終わろうとしていた。

fig.02 The 1st Reissue of Dunk (1999) fig.03 Be Nike COJP "Ura Dunk" (1999)  ところが1999年春、伝統のスクールカラーをまとったダンクが遂に復刻。この朗報に日本のスニーカーファンは熱狂した。これに"NYC"や"USA 2000"などの刺繍を施したリミテッドエディションも登場。またローカットの復刻版も追加リリースされる等、ダンクを巡るスニーカー市場の動きが一段と激化する。同年秋以降はナイキジャパン企画のCOJPより、2トーンカラーの配色を反転させた通称「裏ダンク」が発売されるに至り、日本市場でもダンク旋風が吹き荒れた。断続的にトータル16組32型の表と裏のダンクを展開したナイキでは、ミレニアムの勢いそのままに2001年には史上初のアパレルブランドとのコラボレーション、STÜSSY共同製作のダンクハイをリリース(オーストリッチ及びスネークのエンボス加工を施した2色展開)。同じ時期、ウータン・クランのアイコンをヒールに刺繍したプロモーション仕様のダンクハイもまた大きな話題を呼び、スニーカー市場全体に再び活気が戻ってきた。

fig.04 Dunk High Plus B for Stüssy (2001) fig.05 Dunk Low Pro B for Active Sports (2000)  日本市場では待ち焦がれたダンク復刻に続き、裏ダンクがCOJP企画で展開される等、90年代後期のハイテクスニーカーブームとは質の違うムーブメントを迎える過程で、99年から00年に掛けてリリースされたCOJP企画の第2弾がダンクロープロBである。当初、ブルーとオリーブスエードのソリッド仕様で登場したローカットは、分厚いシュータン、ファットシューレース、ガムラバーアウトソールを採用したアクションスポーツ対応モデルだった。その来歴はこれらの装備に加えて、ダンクロープロBの名称からも察せられる通り、翌02年にリリースを控えたナイキスケートボーディングの看板モデル、ダンクプロSBの言わばプロトタイプだろう。だが、これに次いで01年にリリースされたCOJP企画の第3弾は、ダンクロープロBという名称を受け継ぎながらスケート仕様の装備は消失。その替わり、パネルごとに配色されたマルチカラーが支持され、ダンクの歴史に新たな幕を開けた。

fig.06 Dunk Low Pro B with Multi-Colors (2001)  日本市場限定のCOJP企画が世界のスニーカーファンを唸らせた00年代初頭から約20年の歳月を経て、昨年末にリリースされたバイオテックに次いで、2020年2月にはプラムがダンクローSPの名義で復刻される。当時は斬新だったマルチカラーのスエードアッパーも今ではむしろ素朴で、アメリカンな色調もどこか懐かしい。今なお色褪せることのないCOJP企画のダンクのポテンシャルの高さを証明した。

次いで、2020年3月リリースのダンクローSPは、のちにカーメロ・アンソニーを輩出するシラキュース大学・オレンジのチームカラーと、これまで100名前後のNBA選手を輩出しているケンタッキー大学・ワイルドキャッツのチームカラーをそれぞれまとった復刻版。"BE TRUE"コンセプトがローカットで蘇る。

かつて在庫処分のセール価格で入手したスケートボーダーがスクールカラーの配色に魅せられた歴史的な逸話にあやかり、ダンクプロSBへと進化を遂げたダンクは、それ以降スニーカー市場では常に注目の的であり続け、数多のバリエーションを輩出してきた。そして今後もクリエイションの源泉が尽きることはないだろう。生誕35周年のアニバーサリーイヤーを迎えた今年、ダンクのリリース情報にますます目が離せなくなりそうだ。

NIKE DUNK LOW SP White / Orange ニューヨーク州シラキュースにキャンパスを構えるシラキュース大学のバスケットボール部"Orange"が1980年代後半に採用したホワイト/オレンジのダンクをローカットで復刻。"Be True To Your School."のキャンペーンを彷彿させるダンク生誕35周年記念のリミテッドエディション。

NIKE DUNK LOW SP White / Royal Blue ケンタッキー州レキシントンにキャンパスを構えるケンタッキー大学のバスケットボール部"Wild Cats"が1980年代後半に採用したホワイト/ロイヤルブルーのダンクをローカットで復刻。"Be True To Your School."のキャンペーンを彷彿させるダンク生誕35周年記念のリミテッドエディション。


岸 伸和 - Nobukazu Kishi Exclusive 1972年生まれ、神奈川県出身。雑誌『Boon』(祥伝社) にてライターとして活動を開始。90年代のスニーカー全盛期には同誌のスニーカー特集や別冊の多くを担当、以降ライフワークの一環としてスニーカーを嗜んでいる。近年はアパレルブランドのカタログやWEBコンテンツの制作ほか、ブランドやクリエイターの活動をアーカイブした書籍を手掛ける。

Dunk Low SP White / OrangeCU1726-10112,100円(税込)

Dunk Low SP White / Royal BlueCU1726-10012,100円(税込)

Thank you,everyone.
UNDEFEATED NAIL WORK SHOP at Undefeated Harajuku Meijidori.
by ao shibuya

今回、NIKE DUNK LOW “PLUM”のモデルとして登場するのはLAを拠点にDJ,DESIGNER,PRODUCERなどマルチな活躍を見せるPARISA(パリサ)。1998年東京に生まれた彼女は、父は“50 Cent”などのHIP-HOP、母はディスコ、ソウル、ファンク、兄はGファンクをよく聴く家庭ということもあり、そういった環境から自然と小学生の頃からピアノ、打楽器全般などの楽器に触れ、ダンスも経験するなど音楽と密接な生活を送る。高校生の頃、原宿MUSIC BAR&CLUB「UC」にて、ある人物との出会いからDJを教わり、キャリアがスタート。都内から地方まで活躍の場を広げていき、名古屋に行った際にはアパレルデザイナーと知り合い、ツアーTEEを制作したことで、デザイナーとしての活動もスタートした。

育っていく過程の中で、影響を受けた人物として挙がったのは“Vashtie”。彼女はジョーダンブランドと初めてコラボレーションした女性としてファッションアイコンであり、ケンドリックラマーのADHDのMVプロデュースをするなど、その多彩なマルチな活動に特に影響を受けているという。2016年、大学進学で渡米し2019年にLAの大学を卒業。同時期にLAを拠点に、活発に様々な活動を開始する。PARISAが所属する5人組DJクルー「Word of mouth」(WOM)はフライヤー制作からイベント実施まで自身らで行うなど、精力的な活動を行い、他にもアパレルデザイナーとして「Design by Parisa」などデザイナーとしての活動も拡げていく。

LAを拠点に置くことで、彼女自身のファッション視野はさらに広がった。Jordan1にはビッグサイズのTeeを合わせるなど、シューズのシェイプでスタイルを組み立て、足元からその日のコーディネートを組んでいくという。特にルーズなパンツがお気に入りなPARISAだが、アメリカでの環境が、日本とは異なり自身の顔のラインや、体型などコンプレックスと呼べる点は一切気にせず、スニーカーからウェアまで色使い、スタイル、その日に着たいアイテムを周囲がGoodと言ってくれる環境によって彼女もありのままのファッションスタイルを確立するようになった。

LAを拠点に置くことで、彼女自身のファッション視野はさらに広がった。Jordan1にはビッグサイズのTeeを合わせるなど、シューズのシェイプでスタイルを組み立て、足元からその日のコーディネートを組んでいくという。特にルーズなパンツがお気に入りなPARISAだが、アメリカでの環境が、日本とは異なり自身の顔のラインや、体型などコンプレックスと呼べる点は一切気にせず、スニーカーからウェアまで色使い、スタイル、その日に着たいアイテムを周囲がGoodと言ってくれる環境によって彼女もありのままのファッションスタイルを確立するようになった。

今回着用したDUNKのオリジナルは8つの米大学バスケチームのカレッジモデルとして誕生した。PARISAは自身の学びのフィールドである学校にも、活動の場であるクラブにも、DUNK、Jordan、AF1を履いて通っていた。自身のスタイルを表すスニーカーを履いて、やりたいことを学びに学校やクラブへ通う。自然とライフスタイルが「BE TRUE TO YOUR SCHOOL」になっていたという彼女によるスペシャルカットをぜひご覧ください。DJとしてNew MixがSoundCloud、MixCloudにて2月公開予定。